チーム全体だと、選手各々の強化というのは難しい。
1人でがむしゃらにやっても、自分の欠点や長所というものはやはり見えないものです。
客観的な視点で選手としての強化ポイントをピックアップし、
中長期的なバランスのいいトレーニングというものはやはりトレーナーが付いてこそ。
もちろん、自分でもできますが、それは自らを客観的に見れて、データを冷静に取れる人に限られます。
ポイントの反復練習などは、しっかり指摘され修正されたものがあってこそです。
ドリブルのセンスがあっても、肝心のパスやトラップが悪ければ試合では使えません。
そういった欠点を埋めていく作業が必要になります。
そして、得意である技能を更に伸ばしていくのです。
そんな選手達のお手伝いが出来ないかと、今年度より開設したのが
「個人強化トレーニング・今野塾」になります。
4人までの少人数制でブラジルでプロとして10年間プレーし、指導歴も10年以上になる「今野英一」による強化塾です。
実戦で機能させる為の無駄の無いトレーニングを行います。
個人個人のカリキュラムを組み、その選手に合った特徴を引き出して行きます。
FC所属の選手以外にも受講する事は可能なので、一度お問合せ下さい。
2006年03月31日
2005年05月12日
2004年10月08日
FC COJBへようこそ
FCCOJBに所属するとサッカーに対する考えが変わります。得に「プロになっていくことはどういうことなのか?」についてがより明確になります。あらゆる基本が出来ていると思って、COJBの門を叩いた時、「自分はなんて狭い範囲でサッカーを捉えていたのだろう」と自分に気づかされます。
そもそもサッカーで生活していくこと自体が険しい道ですから、楽しさだけで過ごせるわけがないのです。怪我、スランプがその良い例です。どのスポーツ選手にもこれらはつきものです。この状況は孤独になります。この孤独が人間をとしてどう育っていくか? またどう自分成りに乗り越えたか?がまた人間としての成長の一歩になります。
プロを目指したい日本の若者は段階を経て十代の後半を迎えていない人が多いです。
それもそのはずです、ここ数年で日本サッカーの選手育成マニュアルが進歩してきました。もっと以前のマニュアルにはそのような情報はありませんでした。
練習メニューは考えればいくらでもあります。しかし、そのメニューを選手達がしっかりと目的に沿って、一人前にこなせるかどうかは別問題です。
1つの例をとりましょう。狭いエリアの中で正確なコントロールをより少ないタッチでプレーするには、ボールだけでなく、ファーストタッチするスペースを見ながらコントロールしなくては全てボールが足元に止まってしまい必然的にボールを見るために、顔が下に下がったままボールをコントロールしなくてはならないため、視野が狭くなり遠くが見えません。次にいくときの動き出しとパスの精度も大きく変わってきます。
これらの一連の動作は全て、その練習メニューを一人前にこなす前の段階の練習で克服しなくてはなりません。「技術なくして戦術なし」です。この言葉は日本の若い選手達にぴったりとマッチしてしまっているほど、段階を経てある程度の年齢になっていないためにFCCOJBに入門して最初からやりなおしている最中です。
技術的な問題だけでなく、精神的な段階も平行してのしかかってくるものです。練習メニューは立派でも、指導者の与えたメニューをただこなしているだけではなにもなりません。そのメニューから常に試合に近い発展系のイメージをもって、コーチに質問したり、提案したりする能力がなくては人より上の選手になどなれるわけがないのです。
コーチの指示したことを受け入れる謙虚さ、コーチを尊重しながら自分の考えをコーチに問いただしてみる。というものは道徳的なものから、常に自分は向上していきたいという精神から成り立つものであり、プロになっていくためには最低条件ともいえます。
もし万が一サッカー選手としての目標に到達しなかったらどうするのか? しかし、だれでも「成れなかったら?」など考えたくないものです。しかし、プロを目指しながら平行して勉強しなくてはならないことは必ずあり、それが社会に出ても役に立っていくというものでなくて意味がありません。サッカーをやっていた時代がただの遊びの時間になっていてはならないのです。それは、揺るぎ無い精神です。
サッカー選手はあらゆる犠牲を払って生活しなくてはなりません。それは「我慢」です。「あれもしたい、これもしたい、でもサッカーもしたい」というような甘い考えではそれはなし得ないのです。サッカー選手はお手本でなくてはならないのです。それはいつも人が注目するものだからです。人はあなたの一つ一つの振るまいを見て、判断したり評価したりします。言動、行動に気をつかわなければなりません。
ですから、いくらプロを目指したいといっても、これらを理解した上で取り組んでいかなくては、「サッカーをやっていた期間だけは活き活きしていた」となり、そうでなくなったらまた、ダラリとした生活、人間に逆戻りではその期間は単なる「楽園」であったに過ぎないのです。
さて皆さん、サッカーを目指すなら、あらゆることにアンテナをはらし、物事に取り組んでいく姿勢がなくてはその目標には一向に近づかないです。
FCCOJBでサッカー選手を目指しながら、サッカーに対する考えをもっともっと進化させてみませんか?
そもそもサッカーで生活していくこと自体が険しい道ですから、楽しさだけで過ごせるわけがないのです。怪我、スランプがその良い例です。どのスポーツ選手にもこれらはつきものです。この状況は孤独になります。この孤独が人間をとしてどう育っていくか? またどう自分成りに乗り越えたか?がまた人間としての成長の一歩になります。
プロを目指したい日本の若者は段階を経て十代の後半を迎えていない人が多いです。
それもそのはずです、ここ数年で日本サッカーの選手育成マニュアルが進歩してきました。もっと以前のマニュアルにはそのような情報はありませんでした。
練習メニューは考えればいくらでもあります。しかし、そのメニューを選手達がしっかりと目的に沿って、一人前にこなせるかどうかは別問題です。
1つの例をとりましょう。狭いエリアの中で正確なコントロールをより少ないタッチでプレーするには、ボールだけでなく、ファーストタッチするスペースを見ながらコントロールしなくては全てボールが足元に止まってしまい必然的にボールを見るために、顔が下に下がったままボールをコントロールしなくてはならないため、視野が狭くなり遠くが見えません。次にいくときの動き出しとパスの精度も大きく変わってきます。
これらの一連の動作は全て、その練習メニューを一人前にこなす前の段階の練習で克服しなくてはなりません。「技術なくして戦術なし」です。この言葉は日本の若い選手達にぴったりとマッチしてしまっているほど、段階を経てある程度の年齢になっていないためにFCCOJBに入門して最初からやりなおしている最中です。
技術的な問題だけでなく、精神的な段階も平行してのしかかってくるものです。練習メニューは立派でも、指導者の与えたメニューをただこなしているだけではなにもなりません。そのメニューから常に試合に近い発展系のイメージをもって、コーチに質問したり、提案したりする能力がなくては人より上の選手になどなれるわけがないのです。
コーチの指示したことを受け入れる謙虚さ、コーチを尊重しながら自分の考えをコーチに問いただしてみる。というものは道徳的なものから、常に自分は向上していきたいという精神から成り立つものであり、プロになっていくためには最低条件ともいえます。
もし万が一サッカー選手としての目標に到達しなかったらどうするのか? しかし、だれでも「成れなかったら?」など考えたくないものです。しかし、プロを目指しながら平行して勉強しなくてはならないことは必ずあり、それが社会に出ても役に立っていくというものでなくて意味がありません。サッカーをやっていた時代がただの遊びの時間になっていてはならないのです。それは、揺るぎ無い精神です。
サッカー選手はあらゆる犠牲を払って生活しなくてはなりません。それは「我慢」です。「あれもしたい、これもしたい、でもサッカーもしたい」というような甘い考えではそれはなし得ないのです。サッカー選手はお手本でなくてはならないのです。それはいつも人が注目するものだからです。人はあなたの一つ一つの振るまいを見て、判断したり評価したりします。言動、行動に気をつかわなければなりません。
ですから、いくらプロを目指したいといっても、これらを理解した上で取り組んでいかなくては、「サッカーをやっていた期間だけは活き活きしていた」となり、そうでなくなったらまた、ダラリとした生活、人間に逆戻りではその期間は単なる「楽園」であったに過ぎないのです。
さて皆さん、サッカーを目指すなら、あらゆることにアンテナをはらし、物事に取り組んでいく姿勢がなくてはその目標には一向に近づかないです。
FCCOJBでサッカー選手を目指しながら、サッカーに対する考えをもっともっと進化させてみませんか?

