現在のFCのメンバーには指導陣から視て既に色々なタイプが在籍している。これほどレベルにバラつきがあるのも10年間で初めてのことかも知れない。
ブラジルのことをいきなり例に挙げるが、ブラジルではU15、U18で徹底的に基礎を叩き込まれる。しかも激しい競争の中で。
U20ではほとんど基礎という基礎の時間はなく、戦術など紅白戦、フィジコをして試合がメインになる。
プロへ昇格できるか否かの最後の年代であるから基礎は出来ている前提で昇格してくるのだ。
そこで日本から行く研修生が年齢的には高校を卒業した者が多く、クラスはU20になる。
しかし、日本の若者の場合はU18までに基礎を徹底されてきていないから、ブラジルでU20に入ってから基礎に悩む。
この環境を現在のFCの選手に当てはめてみた。
はっきり言って、大学でいいレベルでやってきた若者でもプロで必要な基礎の部分が欠けていることに気づく。
他の選手はそれ以下の基礎能力であるため、こんな提案をしている。
「午後にインファン(U15)のトレーニングにも参加しなさい」と勧めた。「えっ!!何で今更U15?」と誰もが思う。
しかし、高校の卒業資格を持たずに大学を受験するようなもの。
中学からそのまま大学に入学しようとしても基礎がないから難しいのは現実。だからU15は徹底して「昨日も基礎、今日も基礎、明日も基礎」だから本来、非常に合理的なのである。
「ランクを落とす」と考えずに「忘れ物を取りに行く」と考えた方が謙虚だよ。
忘れ物をしてきている以上、次のステップアップしたトレーニングには上がれないと思うよ。
U15はU18になった時、大切な忘れ物をしないように今、やるべきことをやっている。
空のダンボールにびっしりと荷物を詰めて、上から重たいダンボールを乗せても崩れないように隙間なく詰めている状況。
トップの選手はU20までの経緯がそれぞれバラバラなので、その隙間だらけのダンボールの隙間を埋めるには丁度良い環境だと思っている。
絶対に時間を作って参加するべき場所だ。
段階を踏んでしっかりとレベルアップしたいね。
2008年05月27日
2008年05月20日
外にも眼を向ける姿勢
目標を持ち続けてプロを目指しているのは良いことだと思う。
ただ最近特に気になるのは、セカンドキャリアについて。
仮にプロ選手として飯を食えたとしても、サッカー選手は寿命が短い。あっという間にキャリアを終える日が来るもの。
しかし、人生はそこからが長い。
本日も某、大手企業のマネージャーをされている方と話をすることができた。何でもこの企業にも元スポーツ選手は多く、引退後にセカンドキャリアとしてスタートさせている人が多いとのこと。
その中には元サッカー選手もいるのだそうだ。
話によると、スポーツ、特に団体競技を徹底してやり、目標に向かって走り続けた人間は企業でも、精神面が普通の社員と違うということであった。
仕事はいつも良いことばかりでなく、悪い時も当然ある。
しかし、スポーツで培ってきた精神力はこの悪い時に打開できる力を備えていると話されていた。
また団体競技で培って来た人間は仕事の中でも仲間意識が強く、協調性もあるという。
さて、これは決してよそ様の話だけではない。
当然、COJBの選手全員にも同じことが言えるものと思う。
中には一度社会人として就職をしたが夢をを捨てきれずにプロを目指す決意をした選手も存在しているが、大半は10代から門を叩くので社会を経験ぜずにサッカーの世界に入る。
これは高卒でJリーガーになる人間とある意味同じだ。
サッカーを目標にしていると良い反面、社会性などグランドのみでは学ぶことのできない世界もあり、社会から出遅れるというリスクも考えられる。
ただサッカーを目標にしながら平行して社会性も学ぶことができれば、夢を諦めなくてはならない時も、引退しても社会の即戦力としてサッカーを目標として精神面を磨いてきたことがプラスとして継続できるのではないか?と感じる。
であるから、この社会性をサッカーを目指しながら学べる環境を半ば強引にでも作る義務が逆に自分達にはあるのではと常に思っている。
例えば、Jリーグのホーム試合の際に物販のお手伝いをさせて貰っているのだが、若者の中には関係者に「お前は、こっちから指示されないと動けないのか?」と注意を受ける場面がある。
人から指示を受けてからしか動けない人間がどうやって笛が鳴ったら己の判断で動かなくてはならないサッカー、ましてや選手になれるのであろうか?という疑問が出てくる。
ブログでも「指示待ち」に対して問題点を挙げてきたけれど、指示されないと動けないという場面に出くわすのは、勿論サッカーのグランドでも練習の取り組み方を窺えば予想がつくものであるが、一般社会、会社の中ではさらにそのような場面を窺う機会が多いはずだ。
アルバイトをしていても、アルバイトの身分から社員として声が掛かる人間と、アルバイトとしても怪しい人間は少なくないはずだ。
少なくても、サッカーでプロを目指すなとど大それたことをやらかそうとしている者が「おい、お前?しっかりやれ!!何ポケッとしてるんだ!!」なんて叱られているようでは、とてもとても目標になんて近付くはずがない。
スポーツの世界はさらに競争が激しい世界。そのようなスタイルで人を押しのけてまで上に這い上がる知恵が浮かぶか?と言えばそれはNOになるでしょう?
プロに到達してある程度やってきている者は、一度は何かを成し遂げるという実績を作って来ている。
だが、まだプロにまで到達していない人間はサッカーとしても実績を積んで来ていないために、立場は中途半端でさらにただガムシャラにボールを蹴っているだけでは到底、サッカー選手はおろか社会人としても中途半端で、社会でまたゼロからのやり直しになっているようでは、今まで一体何をしてきたの?と疑問を持たれても何も言い返せない。
そんなことにならないように、強引にもそのような人間を磨ける環境をもっともっと作れるように努力することが受け入れる側の責任でもあると強く感じてならない。
自分達の好きなことでやっているサッカーの試合の集合時間に間に合わずに遅刻してくるということは一体何事?って思われる。
意識の低さが物語る。そのような若者が何故プロサッカー選手を目指すなどという発想になるのか?と私が思う前に他の人が感じるはずだ。
要はそういう若者に限ってプロ選手の華やかなところにしか目が行っていないのだな。まさに夢物語。
高い年棒、外車、億ション、芸能人との交流など派手な生活を勝手にイメージしている。
まぁされを目指して必死こけるならまだましだ。
だた最低限のことも忘れ、良いことばかり夢みていてもそれには到達できない。
セカンドキャリアもゼロからではなく、最低限、好きなことに目標を持ちやっている時代から意識して培いを持ってやることが大切だと思う。特に、中学を卒業と同時にその道に足を入れるなら尚更、人間を磨く環境にいないと何も取れずに途方に暮れてしまう。
そんな時に限って魔の誘惑が・・・・。
一度の人生だ。やれることをしっかりやっておくことが大切だと思う。
ただ最近特に気になるのは、セカンドキャリアについて。
仮にプロ選手として飯を食えたとしても、サッカー選手は寿命が短い。あっという間にキャリアを終える日が来るもの。
しかし、人生はそこからが長い。
本日も某、大手企業のマネージャーをされている方と話をすることができた。何でもこの企業にも元スポーツ選手は多く、引退後にセカンドキャリアとしてスタートさせている人が多いとのこと。
その中には元サッカー選手もいるのだそうだ。
話によると、スポーツ、特に団体競技を徹底してやり、目標に向かって走り続けた人間は企業でも、精神面が普通の社員と違うということであった。
仕事はいつも良いことばかりでなく、悪い時も当然ある。
しかし、スポーツで培ってきた精神力はこの悪い時に打開できる力を備えていると話されていた。
また団体競技で培って来た人間は仕事の中でも仲間意識が強く、協調性もあるという。
さて、これは決してよそ様の話だけではない。
当然、COJBの選手全員にも同じことが言えるものと思う。
中には一度社会人として就職をしたが夢をを捨てきれずにプロを目指す決意をした選手も存在しているが、大半は10代から門を叩くので社会を経験ぜずにサッカーの世界に入る。
これは高卒でJリーガーになる人間とある意味同じだ。
サッカーを目標にしていると良い反面、社会性などグランドのみでは学ぶことのできない世界もあり、社会から出遅れるというリスクも考えられる。
ただサッカーを目標にしながら平行して社会性も学ぶことができれば、夢を諦めなくてはならない時も、引退しても社会の即戦力としてサッカーを目標として精神面を磨いてきたことがプラスとして継続できるのではないか?と感じる。
であるから、この社会性をサッカーを目指しながら学べる環境を半ば強引にでも作る義務が逆に自分達にはあるのではと常に思っている。
例えば、Jリーグのホーム試合の際に物販のお手伝いをさせて貰っているのだが、若者の中には関係者に「お前は、こっちから指示されないと動けないのか?」と注意を受ける場面がある。
人から指示を受けてからしか動けない人間がどうやって笛が鳴ったら己の判断で動かなくてはならないサッカー、ましてや選手になれるのであろうか?という疑問が出てくる。
ブログでも「指示待ち」に対して問題点を挙げてきたけれど、指示されないと動けないという場面に出くわすのは、勿論サッカーのグランドでも練習の取り組み方を窺えば予想がつくものであるが、一般社会、会社の中ではさらにそのような場面を窺う機会が多いはずだ。
アルバイトをしていても、アルバイトの身分から社員として声が掛かる人間と、アルバイトとしても怪しい人間は少なくないはずだ。
少なくても、サッカーでプロを目指すなとど大それたことをやらかそうとしている者が「おい、お前?しっかりやれ!!何ポケッとしてるんだ!!」なんて叱られているようでは、とてもとても目標になんて近付くはずがない。
スポーツの世界はさらに競争が激しい世界。そのようなスタイルで人を押しのけてまで上に這い上がる知恵が浮かぶか?と言えばそれはNOになるでしょう?
プロに到達してある程度やってきている者は、一度は何かを成し遂げるという実績を作って来ている。
だが、まだプロにまで到達していない人間はサッカーとしても実績を積んで来ていないために、立場は中途半端でさらにただガムシャラにボールを蹴っているだけでは到底、サッカー選手はおろか社会人としても中途半端で、社会でまたゼロからのやり直しになっているようでは、今まで一体何をしてきたの?と疑問を持たれても何も言い返せない。
そんなことにならないように、強引にもそのような人間を磨ける環境をもっともっと作れるように努力することが受け入れる側の責任でもあると強く感じてならない。
自分達の好きなことでやっているサッカーの試合の集合時間に間に合わずに遅刻してくるということは一体何事?って思われる。
意識の低さが物語る。そのような若者が何故プロサッカー選手を目指すなどという発想になるのか?と私が思う前に他の人が感じるはずだ。
要はそういう若者に限ってプロ選手の華やかなところにしか目が行っていないのだな。まさに夢物語。
高い年棒、外車、億ション、芸能人との交流など派手な生活を勝手にイメージしている。
まぁされを目指して必死こけるならまだましだ。
だた最低限のことも忘れ、良いことばかり夢みていてもそれには到達できない。
セカンドキャリアもゼロからではなく、最低限、好きなことに目標を持ちやっている時代から意識して培いを持ってやることが大切だと思う。特に、中学を卒業と同時にその道に足を入れるなら尚更、人間を磨く環境にいないと何も取れずに途方に暮れてしまう。
そんな時に限って魔の誘惑が・・・・。
一度の人生だ。やれることをしっかりやっておくことが大切だと思う。

